「個人事業主の法人化は利益800万円から」——検索すると必ず出てくるこの定説、半分正しくて半分古いと私は思っています。
私は2021年に合同会社を設立して5年、個人事業との二刀流で運営してきました。実際に両方の立場を持ってみて分かったのは、法人化の損益分岐は「税金」だけで考えると見誤るということです。この記事では、タイミングを判断する3つの物差しを、当事者の実額を交えて整理します。
結論: 判断の物差しは3つ。どれか1つでも超えたら検討開始
- ① 税率の物差し(定説): 利益800万円前後で所得税率が法人税率を上回る
- ② 社会保険の物差し(見落とされがち): 所得400万円前後で、国保の負担が法人の維持費を上回り始める
- ③ 取引の物差し(私はこれだった): 法人でないと契約できない取引先が現れたとき

世の中の記事の多くは①だけで語りますが、実は②のほうがずっと早い段階で来ます。順に説明します。
物差し①: 税率の分岐(利益800万円説の中身)
個人の所得税は累進課税で、課税所得が増えるほど税率が上がります(住民税と合わせて最大55%)。一方、法人税は中小法人なら所得800万円まで約15%+住民税等で、実効税率はおおむね25%前後から。この2つの線が交差するのが「利益800万円前後で法人化」という定説の正体です。
この物差し自体は今も有効です。ただし、法人化すると役員報酬の設計・社会保険の強制加入・維持費がセットでついてくるので、税率の比較だけで決めると「税金は減ったが手残りは増えない」が起こります。だから②と③も見る必要がある。
物差し②: 社会保険の分岐(こっちが先に来る)
個人事業主の国民健康保険は所得に比例して増え、所得400万円なら国保+国民年金で年60万円前後になります(自治体による)。ここでマイクロ法人の二刀流に切り替えると、社会保険料は役員報酬ベースで固定——私の実額で年約30万円です。
差額が法人の維持費(実額で年16万円前後)を超えるなら、税率の分岐(800万円)を待たずに法人化の経済合理性が生まれます。私の感覚では、所得350万〜400万円あたりから「計算してみる価値」が出てくるライン。自分の数字はシミュレーター(2026年度料率)で30秒で出ます。
ちなみにこの「二刀流」は、事業のすべてを法人に移す伝統的な法人成りとは違って、法人と個人で別の事業を持つ形です(仕組みの解説はこちら)。どちらが合うかは事業の構成次第です。
物差し③: 取引の分岐(私の実体験)
私が法人を作った理由は、①でも②でもありませんでした。取引先(海外企業)から「法人でないと契約できない」と言われたからです(経緯の実録)。
これは特殊例に見えて、実はよくあるパターンです。大手企業の業務委託、海外取引、特定の入札・許認可——「個人とは契約しない」壁は突然現れます。このタイプの法人化は損益計算ではなく機会の問題なので、利益がいくらであっても「その取引を取りたいか」で決めることになります。幸い、合同会社なら設立費用は約6.5万円と安い。
タイミングの実務: 年度の切り替わりを狙う
- 個人事業の締め(12月)と法人設立のタイミングは自由に選べる。1月設立にすると個人・法人の会計期間が整理しやすい(必須ではない)
- 国保は前年所得ベースなので、法人化しても国保が安くなるのは切り替え後から。「儲かった翌年」は高い国保と新しい社保が重なる時期の設計に注意
- インボイス・消費税の免税期間の論点もある(資本金1,000万円未満の新設法人の特例など)。ここは条件が細かいので税理士に確認する価値がある領域
「まだ早い」サインも正直に
逆に、以下に当てはまるなら法人化はまだ早いです。
- 所得が300万円未満(維持費と手間が利益を食う)
- 収入の変動が激しく、1年先の役員報酬を決め切れない(役員報酬は期中に変えられません)
- 書類仕事が本当に苦手(後悔する人の典型パターン)
まとめ
「800万円になったら法人化」だけが答えではありません。税率(800万)・社会保険(400万前後)・取引(金額無関係)の3つの物差しで自分の状況を見て、どれかが刺さったら具体的に計算する——それが5年やった私の結論です。計算の最初の一歩はシミュレーターでどうぞ。実際に作るとなったときの流れは設立実録と設立ツール比較にまとめてあります。
参考(公式情報): 国税庁タックスアンサーNo.5759「法人税の税率」(いずれも確認日2026-07-07)
※本記事は筆者個人の体験と2026年7月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供であり、税務助言ではありません。税率・制度は変わります。法人化の個別判断は税理士等の専門家にご相談ください。